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――月の無い夜。
紀州の山に与勒(ヨロク)という一人の坊主が道に迷っていた。
辺りは暗く、手に持った提灯を頼りに山道を歩いていたが、ふと明かりが消えてしまった。
暗闇の中に取り残された与勒は慌てて地面へとしゃがみ込んだ。
どこからともなく聞こえて来る犬の遠吠え。
与勒は四つん這いのまま手で道を探りながらゆっくりと進む。
しばらくすると、ぼやりと明かりの点いた小屋を見つけ、与勒はそこへ目掛けて小走りで進んだ。
土壁が所々剥れ落ちている古びた小屋。
与勒が戸を叩くと一人の老婆が出て来た。
「寺のもんですが、一晩泊めていただけませんか?」
老婆は快く与勒を小屋へ入れた。
中には老婆の他に若い女がいて、女もまた道に迷い、ここへ辿り着いたのだった。
他愛も無い話に花を咲かせ、愛想の良い二人に与勒は安らぎを感じ始める。
半刻ほど話をしていると、老婆が部屋に布団を敷き始めたので皆寝ることにした。
――虫も鳴かぬほど夜が更け。
与勒はふと目を覚ました。
隣りの部屋との境にある、襖の小さな隙間から、淡い明かりが漏れていることに気付き、与勒は息を潜めた。
「こんな夜中に何を」
耳をすませば何やら隣りの部屋から、ぬちゃり、ぬちゃり――と奇妙な音が聞こえてくる。
気になった与勒は襖を少しだけ開け、中を覗いてみた。
与勒は立ちすくんだ。
そこにいたのは、部屋の真ん中で腹から臓物を垂れ流しながら倒れる女の姿であった。
声も出せず、口を開いたまま立っていると、すぐ側で自分以外の息が聞こえ、与勒は重い唾を呑んだ。
そしてまた、ぬちゃり、ぬちゃりと今度は足下で鳴り、与勒は恐る恐るゆっくりと目を下ろした。
襖のすぐ向こう、下から老婆がじっと与勒を見上げていた。
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