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とある街に菊次郎(キクジロウ)という男が住んでいた。
菊次郎は街でも少し名の知れた美男子で、美しい女性に二股をかけていた。
一人は妻のお美代(ミヨ)。
もう一人はお七(シチ)という娘。
どちらも申し分ない女ではあったが、お七に関しては少し話が違った。
お七は呉服屋の一人娘であり、それもたいそうな財力を持っていた。
もし、お七と身を結ぶことができれば、やがて店は養子である菊次郎の物となる。
しかし菊次郎には、すでにお美代という立派な妻がいた。
お美代は貧しい生活にも文句一つ言わず、菊次郎のことを一途に愛してくれていた。
――菊次郎はそれが気に食わなかった。
お美代がいる限り、お七と身を結ぶことが出来ない。
そう思った菊次郎は人里離れた古井戸へお美代を呼び出し、隙を突いて井戸の中へと突き落とした。
――そしてその日の晩。
お七の屋敷で宴会が開かれ、菊次郎はお七の夫として呼ばれた。
「菊次郎さん。お風呂はいかがですか?」
お七に促され、菊次郎は風呂場へと行く。
浴槽の湯を桶でかき取り、ばしゃりばしゃりと頭からかぶった。
すると糸のような物が顔にくっつき、菊次郎は片目を開いてそれを確認した。
黒くて長い髪の毛が数本。
菊次郎は奇妙に思い、浴槽の中を覗いた。
そこにはお美代の首が沈んでいた。
菊次郎は悲鳴をあげ、屋敷の者を呼んだが、その時にはお美代の首は消えていた。
それからというもの、菊次郎は水が溜まる場所を見る度にお美代がいるのではないかと覗くようになった。
そしてある日、山をふらりふらりと散歩していた菊次郎は、腐りかけの古い井戸に出会う。
「おらんな」
中に水しかないことを確認し胸を撫で下ろした途端、菊次郎は手を滑らせて井戸の中へと落ちてしまった。
頭から血を流す男の下、水をたっぷりと含んだ女の死体は嬉しそうに笑っていた。
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