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「・・・ま、・・・冬麻!」
あのまま完全に熟睡していた冬麻は雅貴の声で目を覚ました。
眠気眼をゴシゴシと擦りながら時計を見遣れば、既に一限目が終わって終業のチャイムが鳴った後だった。
「一限目なんだったけ?」
「物理。お前朝早く起きて授業寝るってどうよ?」
「はは。まあいいや。ノート見せて」
雅貴が笑いながら言うからつられて言えば、既に持っていたノートでペシリと頭を叩かれる。
それから「次、五月蝿い数学だからやめとけよ」と付け加えられて、次の時間も熟睡確定だと思ってみた。
そうして何気ない会話を重ねているとあっという間に始業のチャイムがなった。それと同時に、眼鏡にピシっと着込んだスーツと、明らかにお堅いイメージの先生がプリントの山と教材片手に教室へと入ってくる。
これは本格的にもう一度夢の中へ旅立つしかないと枕代わりの鞄を横に掛ける事もせずに、再びそこに顔を埋めるとそこで声が掛かる。
「ねぇ、谷岡君」
それは冬麻の隣りの席にいる女の子のもので、確か名前は早乙女絢乃(さおとめあやの)とか言ったっけ。などと、クラスメートの名前を覚えるのが頗る苦手な冬麻はあやふやな記憶を辿る。
「ん?何?早乙女さん」
「絢乃でいいよ」
「それなら俺も冬麻でいいよ。絢乃ちゃん。で、どうしたの?」
まぁ、クラスの女子が自分に聞きたい事なんて思いつく限りではそういくつもあるわけじゃないけど。という言葉は飲み込んで、漸く鞄を机から下ろして彼女の方を見た。が、彼女と目が合う事はなく冬麻は彼女の聞きたい事に先に答えを出した。
「雅貴なら彼女いないと思うよ。聞いた事ない」
「へ?」
至極間抜けな声を出した彼女は、冬麻よりも少し大きな目をぱちぱちとさせて何度も瞬きを繰り返しては、その度に音が出るんじゃないかと思う位に長い睫毛が揺れていた。
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