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「冬麻はココア?」
母からの言葉にコクリと頷くと新聞を読んでいる父の前にそっと座る。
脚を組み新聞を読むというその様になり過ぎる姿を見て、冬麻は少し溜息を零した。
「どうした?」
「ううん、何でもないよ。ちょっと様になってて羨ましかっただけ」
「ん?」
「俺が新聞読んでも様になんないからさ」
冬麻は母が入れてくれたココアのカップを両手で取り甘い匂いを漂わせるそれを口に含む。
その瞬間口の中いっぱいに広がる匂いから伝わった通りの甘さに思わず笑顔が浮かぶ。その様子を見てまた笑みを携えた父は読み終わった新聞を閉じて隣に置くと冬麻を見つめながら口を開いて立ち上がった。
「笑顔でココアを飲んでる内は子供だね」
「う…」
鞄を手にした父に頭をポンポンと撫でられてふて腐れる。
目だけを向けて拗ねたように「いってらっしゃい」と一言告げれば頭のてっぺんに軽くキスを落とされた。
玄関まで見送りに行く母に笑われて、頭を摩りながらまたふて腐れる。
冬麻は口を尖らせて、ハチミツが少し多めに塗られたハニートーストへと手を伸ばし口へと運んだ。
ふと壁一面に設置された大きな窓の外を見れば快晴で、冬麻は先程見た夢を思い出してぽつりと一人呟く。
「先生…今何してるんだろう…」
五年前にした初恋は実ることなく、口いっぱいに広がるココアやハニートーストのように甘くはなかったけど。
それでも目の前で空になってるカップに入っていただろうブラックコーヒーのように苦くもないから。
「さて、俺もそろそろ行かないと」
折角早く起きれたのに朝食を堪能し過ぎた為にまた遅刻して先生に怒られるのはごめんだと一人ブンブンと頭を左右に振って現実へと思考を移し替える。
自分と父が食べ終えた食器をシンクへと片付けた後にブレザーを着て、教科書など微量しか入ってない軽い鞄を片手に玄関へと向かった。
玄関を開ければ、窓から眺めたよりも太陽が眩しくて。
思わず目を閉じた冬麻は、その、目も眩むような光りに眩暈がしそうだった。
そう、それはまるで彼の初恋の君の笑顔に見た期待に似て…一。
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