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「雅貴は今日はゆっくりなんだね」
いつもは朝練がある為もう少し早く学校に行っている筈の雅貴に冬麻は逆に聞き返した。
「今日は朝練ないからさ。でも、身体動かしたくて歩いてたら調度目の前にお前見つけたってわけ」
「そっか。もうちょっと早かったら桜綺麗だっただろうな。ここ」
そう言って車通りの少ない桜並木を見渡す。
地面には花弁が落ちていて、時々吹く風に吹かれて空や地面を踊っていた。
その先には学校があって、桜の木の間からは自分達の着ているのと同じ制服に身を包んだ生徒達が、次々に校門の奥へと消えていく。
「この時間って人多いんだね」
「お前が遅すぎるんだよ」
痛い所を容赦なく付かれて言葉を飲み込めば、柔らかく彼らしい笑顔を見せられる。
眉を寄せて少し困ったように笑うのが彼の癖だったりするのに冬麻は彼と友達になって少ししてから気が付いた。
「懐かしいな」
「何が?」
突然の雅貴の言葉に素直に首を傾げると、また同じ笑い方をする。
「お前と友達になって少しした頃に言っただろ?〈雅貴は困ったように笑うんだね〉って。正直あれ、嬉しかったんだ」
『俺を見てくれる人間がいるんだなって思ったんだ』と付け加えて、彼には珍しく真面目な表情を見せた。
割といつもヘラヘラと笑っている事の多い雅貴は、時折こうして何も伝わらない表情をする。
そして、その後は決まっていつもの笑顔に戻る。
「ま、それがお前でよかったって話だよ」
こうしてまた。
「そう?俺も雅貴と友達になれてよかった」
踏み込めない何かがそこに存在しているようで、冬麻は敢えてそれ以上は踏み込まな
いようにしている。
これ以上踏み込めば何かが崩れそうで怖かったのだ。
普通の家庭環境に育って普通な能力しか持っていない自分は、特別人の心情に敏感だとか、周りの空気を読める方だ、とかそういうのではなくて、ただ単に言ってしまえば〈本能〉に近い何かがそうさせていたのかもしれない…。
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