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「なあ、なんで山下にそんなにつっかかるん?」
「なんでって言われてもなあ。かわいそうやん? 誰かが護ってやらんといかんと思うんよ」
「瀬戸口、そがんことしよったら狙わるっぞ?」
「そん時はそん時やろ」
そう言って笑ったのが、私に見せた最後の笑顔になった。
私の予想は当たらなくてよかったのに、瀬戸口は虐められることになった。靴を隠されたり、机の中に生ゴミが入れられたり、放課後の教室の後ろの方で袋叩きにあったり。
しかし、日常は平穏なもので〝岸川〟は瀬戸口の変化には気づかないようだった。
虐めにあい始めたその日から、彼は私と距離を置くようになる。私自身、気にもしてなかったがやっぱり虐められるのは嫌だという感情はあったので、彼の好意に甘えることにして、あまり口を利かなくなった。
残暑の厳しい秋の夕暮れ。赤トンボを捕まえようと飛び上がった時、気配を感じ後ろを振り返ると傷だらけの瀬戸口が立っていた。
「どうしたん?」私が尋ねると瀬戸口は泣いた。
ひとしきり、わんわんと泣いた後、私を睨みつけた。
「なんで助けてくれんやったと?」
「おまえが距離を置いたとやん? 助けて欲しかったと?」 瀬戸口は小さくかぶりを振った。
「だけど……」
「だけどもなんも、言いがかりやんか!」
「そうやけど……」
それ以上言葉を交わすこともなく、瀬戸口の寂しそうな背中を私はじっと見つめていた。夕日が逆光になり、長い影がこちらに伸びている。その影を見ながら、ひどいことをしたのかもしれないと反省した。
それが瀬戸口との最後の思い出となる。
――次の日、彼は事故死した。
市役所の前の横断歩道で、ランドセルを背負いぼんやりして歩いている所に、前方不注意の軽トラックがつっこんだのだ。
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