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 息子が死んだ事で、瀬戸口の両親は半狂乱した。学校に、〝岸川〟の所に毎日のように説明を求めるようになった。  私は〝岸川〟に呼ばれた。狭い宿直室のような所にである。誰が見ていたのか知らないが、前日に二人でいた時の話を問いただされた。  瀬戸口の両親が言うには……とはじまった〝岸川〟の質問には、何度も「虐められていたことを知らなかった」という彼なりの言い訳が数回でてきたあげく、「おまえが虐めたのか?」などと聞いてくる始末だった。  私は山下の事、事故前日の二人の会話を説明し、早く帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。  それを見透かしたように〝岸川〟は呟く。 「おまえ、見殺しにしたのか? 友達だったんだろ?」  彼は何かを確信したかのように、ほくそ笑んだ。私の記憶は、その不適な笑みと「見殺したんだろ?」という絶望的事由で途切れている。  私は人を殺してしまったのだと今でも思っているのだから。それが重荷になって生きているのは事実である。  あのあと〝岸川〟の神経質な背中を残りの数ヶ月眺め、私は小学校を卒業した。瀬戸口との思い出は「見殺し」た事実以外、風化していった。  私は教師があまり好きではない。こんな理由からだと改めて確認した。  足下に鉛を付けられた、憂鬱な気持ち。私はたまに陥ってしまう。
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