夏休みの始まりは

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「そうだな……」 ファイはリオンの言葉に肯定しながら、少し立ち上がるのを躊躇った。 しばらくの間、この教室に来る事は無いのだ。 少々、感傷に浸るのも悪くは無いだろう。 少し、見まわした後に立ちあがると、ファイはリオンと一緒に教室を出ていく。 胸中では、 (無事にこの場所に戻ってこれるかなぁ……) と、後ろ向きな考えがよぎっていた。 「そんな暗い顔をするなよ」 リオンは励ます様に言う。この元凶である彼がこんな事を言うのは、中々滑稽だ。 「何を言うんですか。真面目に生きてここに戻ってこれるか、不安なんですよ」 「はっは、俺が何も考えずに、お前の体を酷使させていたと思っていたのか」 「思っていました」 「……まぁいいさ。とにかく俺は、壊さない様に気をつけてやっていたのさ」 「あれで、ですか?」 ファイはどうにも信じられずに、訝しむ瞳で彼の事を見直す。 「まあ、お前には少々きつかったかもしれないが、きちんと考えていたんだぞ?」 少々では無くとてもの間違いでは無いのか、とファイは思ったが口には出さなかった。 代わりに大きな溜息を吐く。 「それでも中々、上達しませんよ」 「何を言っているんだ。お前、俺と他の連中とを同じ基準で見ていないか?」 確かにファイはリオンの強さを、一般基準で考えていた。 「……でも、中々リオン様を追い詰める事が出来ないのは事実です」 「そりゃあ、なあ。当たり前だろ。俺だって毎日同じレベルで、訓練をやっている訳じゃないんだ」 呆れ顔でリオンは言う。 それは当然の事だ。毎日同じレベルでやっていたら、すぐに互角の戦闘になってしまう。 相手が強いからこそ、勝つ為の思考をするのだ。 「つまりそれは……」 「そら、ぼうっとしてないでさっさと帰るぞ」 それを聞いたファイは、元気よく「はい!」と返事をして、彼の後について行った。 今は無い筈の、翼がファイの瞳にははっきりと映っていた。
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