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「んー、何となくなんだけど、誰かに触れていると安心するんだよね。自分と他人の境界、命の境目に触れている気がして。そういうの、橘くんはない?」
「僕は……ない。僕と君とじゃ人に対する見方が違う」
夜口は意外そうな表情で僕を見てきた。その視線に耐えられず、暇潰しに持ってきていた本に目を落とす。
文字を追っても内容が頭に入ってこなかった。こういうのを緊張と言うのかもしれない。
「よく分かんない」
「分からない方がいいと思う」
「どうして?」
「幻滅するだろうから」
顔を上げて夜口を見る。夜口は、初めの体勢のままで僕を見ていた。合った視線から感じたのはなぜだか悲しいという感情だった。
「そんなことない! 幻滅なんて、そんな――」
「今のは忘れてくれ。それより本題に入ろう。時間が勿体ない」
「……分かった」
夜口はテーブルを迂回して反対側の椅子へと座った。これで僕と向き合う形になる。
椅子に座った夜口は黒い鞄をテーブルの上に起き、それから口を開いた。
「今日きみを呼んだのは、ちょっと頼みたいことがあったからなの」
「それは携帯で伝えられるような内容じゃないのか?」
「携帯なんて駄目よ。直接会って頼みたかったの。それにメールとかってあんまり好きじゃないし」
「……」
嘘をつくなと言いたかった。あの文面は明らかに慣れた者のそれだ。なぜ僕にそんな嘘をつくのかは疑問だが、それは今問うことではないはずだ。
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