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〈1〉
「きみに見せたいモノがあるの」
そんな風に話しかけられて振り向くと、そこには夜口ねこが立っていた。
今日も綺麗に切り揃えられた前髪からガラス玉のように濁りのない目が覗いている。そうしてブレのない視線が僕の瞳を貫いて、余計な動きを許さない。
生憎と教室には僕と夜口以外に生徒は見あたらず、他人の振りをするには無理があったので会話を試みることにした。
「学校では話しかけないんじゃないのか?」
「ここには誰もいないわ。問題ないでしょ?」
「――今回だけだぞ」
ありがと、と言って夜口は微笑む。
「それでね、さっきの話なんだけど――橘くんにはぜひ見てもらいたいと思うの。どう?」
今度は挑発的な目で僕を見る。少し前屈みになったせいか、上目遣いの夜口は何だか画になって妖艶だ。同じ年齢だと感じさせない魅力が、彼女にはある。
「せっかく誘ってくれたのに悪いな。今日は用事があるんだ」
「どんな用事?」
一歩前に出た夜口は間にあった僕の机に手をついた。段々と近付いてくる夜口の顔。
気付けば互いの鼻が触れ合いそうな距離。やがて視界が夜口で埋まる。
「そんなことまで教える必要があるか?」
「そうね。なら言い方を変えるわ。それはわたしからの誘いよりも優先すべきこと?」
「……」
なかなか言葉を継がない僕に痺れを切らしたのか夜口は、「行くの? 行かないの?」と急かす。
「――分かった。行くよ」
暫く考えて、結局夜口の誘いに乗ってみることにした。
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