case1.蒐集家の目

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「今のは忘れなさい」  ビシッ、と指差される。  そんな夜口の頬はほんのり赤く染まっていた。照れなのか単に景色を見たかっただけなのか、夜口はすぐに顔を背けてしまった。  きれいな黒髪だ。夕日に照らされて、光の粒子を帯びたかのように輝いている。しっかりと手入れも行き届いているようだ。 「分かったよ、忘れる。だから一つだけ質問していいか?」  一拍間を置いて、 「いいでしょう、一つだけ許します」  変わらない調子で夜口は言った。  依然反対側にある窓へと顔を向けているが、お言葉に甘えて、その背中に質問をしよう。 「この髪って天然?」  僕は夜口の髪を一束指で摘んで持ち上げた。「ひっ」と短い悲鳴があがる。無防備な背中だったからつい、と心の中で言い訳した。 「なにっ? え?」 「前から触ってみたかったんだ。嫌か?」 「……嫌じゃないけど」  嫌じゃないのか。驚き。それにしてもさわり心地までこう良好だと、外見において夜口ねこには死角がないように思えてくる。 まさか服で隠れている部分に欠点があるなんてこともないだろう。 「天然物に決まってるでしょ。人工でも養殖でもない。生まれた時からこの髪よ」 「そうか」  人間としての内面がどうか知るにははまだ時間が足りない。知る余地があるかどうかも模索中だ。 「ねえそろそろ――」 「ああ」  名残惜しい気もしたが、おとなしく髪を解放した。
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