43人が本棚に入れています
本棚に追加
「今のは忘れなさい」
ビシッ、と指差される。
そんな夜口の頬はほんのり赤く染まっていた。照れなのか単に景色を見たかっただけなのか、夜口はすぐに顔を背けてしまった。
きれいな黒髪だ。夕日に照らされて、光の粒子を帯びたかのように輝いている。しっかりと手入れも行き届いているようだ。
「分かったよ、忘れる。だから一つだけ質問していいか?」
一拍間を置いて、
「いいでしょう、一つだけ許します」
変わらない調子で夜口は言った。
依然反対側にある窓へと顔を向けているが、お言葉に甘えて、その背中に質問をしよう。
「この髪って天然?」
僕は夜口の髪を一束指で摘んで持ち上げた。「ひっ」と短い悲鳴があがる。無防備な背中だったからつい、と心の中で言い訳した。
「なにっ? え?」
「前から触ってみたかったんだ。嫌か?」
「……嫌じゃないけど」
嫌じゃないのか。驚き。それにしてもさわり心地までこう良好だと、外見において夜口ねこには死角がないように思えてくる。
まさか服で隠れている部分に欠点があるなんてこともないだろう。
「天然物に決まってるでしょ。人工でも養殖でもない。生まれた時からこの髪よ」
「そうか」
人間としての内面がどうか知るにははまだ時間が足りない。知る余地があるかどうかも模索中だ。
「ねえそろそろ――」
「ああ」
名残惜しい気もしたが、おとなしく髪を解放した。
最初のコメントを投稿しよう!