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暴力的なまでの打鍵音がひっきりなしに30分ほど続いてから、ようやくおさまった。音の発生源はパソコンのキーボードで、そのパソコンの前に座っているのはポニーテールの美女だった。
パソコンを使用する時だけ、気分的につける赤いフレームのメガネをはずして机に置き、一息つく。
思ったよりも時間がかかってしまったけれど、これで『彼』からの頼み事はひと段落だ。だけど、彼女――神祇紗綾(じんのぎさあや)は、これがどう事件に関わってくるのか、まるで見当もつかなかった。
たしかに、この事件には紗綾も違和感を覚えている。だからこそ、この事件を候補の1つとして『彼』に渡しておいたのだ。しかし、それは失敗だったと、後悔している。
『彼』の思考回路は、一般人のそれとは違っている。いや、違うようになってしまった。それは、『彼』自身気づいていないことだろう。なぜなら、紗綾はそれを隠すことを決めたから。
いずれはそのことに向きあわねばならないけれど。今はその時ではないだろう、と思っている。
それはさておき、紗綾は出かける時の『彼』の顔を思い出す。すべてを悟ったような顔で、ガラスのようにもろい、傷ついた顔。そんなのは見たくなかった。
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