街中の逃避行

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目覚まし時計が、けたたましく鳴り響く。 手首にスナップを利かせて、素早くボタンを叩くと時計は静かになった。 「ん~……っ。朝かぁ……」 眠たげに目を擦りながら、唐沢秋那は布団から這い出した。 ピンピンと跳ねている髪の毛を撫で、クローゼットを開けて制服を取り出す。 跳ねているとは言っても寝癖ではなく、大半が自身の猫っ毛だ。 今更気にする事もないので、秋那は髪をそのままに制服を着込んだ。 唐沢秋那──女の子のようだが性別は男、十六歳の高校一年生。 どこにでもいる普通の両親の間に生まれ、普通の家庭で妹の柚稀(ゆうき)と共に育った。 身長、体格は平均を少し下回る程度、髪の色が茶色な事以外は特に特徴が無い。 そんな秋那は、家庭でも学校でも特別に目立つ事は無く、ごく平凡な生活を送っていた。 秋那は鞄を手に取ると、部屋のドアを閉める。 シャツのボタンを留めながら階段を下り、顔を洗いに洗面所のドアを開けた。 窓から差し込む朝日は暖かく、紅葉が色付き始めた季節の肌寒さを和らげる。 秋那は、こんな朝の穏やかな風景が好きだった。 「おはよう、母さん」 「あら秋ちゃん、おはよう。今日は何?」 「紅茶かな……うん、紅茶をお願い」 リビングに入った秋那を迎えたのは、母親の美咲の優しい笑顔だった。 秋那は上着を椅子の背もたれに掛けると、テーブルに着いた。
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