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博雅とタケミカヅチが内裏を散歩していたその頃。
晴明は傍目ひとり、酒を嗜んでいた。
いつもなら隣に博雅がいるが、博雅はタケミカヅチと出掛けたばかり。
仕事はタケミカヅチらや博雅が来るに片してしまい何もやることがない。
博雅の代わりに今隣にいるのはウカノだ。
「ハルアキラ」
「なんでしょう、ウカノミタマノカミ」
答えた晴明に、ウカノは僅かばかり顔をしかめる。
「何だその他人行儀は。わらわは寂しいぞ」
「あなたは神なのですよ、ウカノミタマノカミ」
軽く困ったような表情を浮かべながら、晴明は言う。
杯を傾け、酒で喉を潤す。
「そもそもあなたは、私の母の主。敬わねばなりませぬ」
「葛の葉はわらわの妹に等しい。故にハルアキラ、お前はわらわの甥に等しいのじゃ」
「伯母ともあれば敬わねばなりませぬ」
晴明の言葉にウカノはぬぅ、と唸った。
どちらにせよ晴明はウカノを敬うことは止めないらしい。
さて、葛の葉という名が出てきたが、これは晴明の母と噂される信田(しのだ)の白狐のことである。
実は晴明は狐の仔が化けた姿――というわけではない。
晴明はれっきとした人間の子である。
早くに母親を亡くした晴明を不憫に思い、晴明の父に恩があった葛の葉が人間に扮して母親代わりをしたのだ。
母の記憶がない晴明にとっては本当の母に偽りはなく、葛の葉が狐だと知っても大して驚きもしなかった。
だから狐の子と噂されようが、晴明はさして気にもせずのらりくらりと生きてきたのである。
ぶつぶつと文句を垂らしながら酒を飲むウカノに、晴明は瞳を細めた。
「ウカノミタマノカミ、あまり人間に関わり過ぎない方がよろしい」
「む」
「人間というのは欲の塊であり、無欲はあり得ませぬ。人間とは適度に距離を保たれよ」
「お前も、おじいさまと同じことを言う」
「関わりすぎず、適度な距離を保てば誰も文句は言いませぬよ」
そう言った晴明に、ウカノは出来ぬと言って、酒を飲み干して杯を空にした。
お代わりを催促するウカノに晴明は苦笑いを浮かべ、はいはいと酒を注いだ。
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