建御雷神

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雷鳴が轟く。 突然の豪雨に人々は慌てふためき、我先にと軒下へと駆けていく。 川で遊んでいた子供たちは急いで川岸に上がる。 あ、と幼子が足を滑らせた。 山で既に降っていた雨は川に流れ、更には平地でも豪雨が降り出したがために、川は一気に増水した。 幼子と一緒に遊んでいた子らが悲鳴を上げる。 小さな幼子の体は濁流に飲み込まれ、消えてしまった。 くつくつとおかしそうに青年が笑う。 「あはは、慌てふためけ、川に飲み込まれるが良い」 拙(つたな)い堤防は意味を成さず、決壊し近くの村を川は飲み込んだ。 逃げる間もなく人々は濁流に飲み込まれ、阿鼻叫喚の地獄絵図を描き出す。 それをおかしそうに笑いながら青年は見続ける。 雨を降らした張本人は、悪気もなく、まるで幼子が残酷に虫を殺して喜んでいるかのよう。 タケミカヅチ、と怒声が飛んできた。 青年が振り返ると、わなわなと肩を震わせ般若の表情を浮かべた女がいた。 「何をしておるか!」 「何って、雨を振らせてるだけだ」 「戯けたことを抜かすな、今すぐ止めろ!」 む、とした青年は、何だよ、と声を荒げる。 「あいつらが雨乞いしたから振らせてやったんじゃないか、どこが悪い!」 「程度というものがあるであろう、これではやり過ぎじゃ!」 「ならお前が振らせて見ろ、ウカノミタマノカミ!」 ぐ、と女――ウカノは黙り込んだ。 彼女は五穀豊穣を司る神である。 しかし、雨を振らすことは出来ない。 出来るのは、青年だけだ。 黙り込んだウカノを見て、青年はほうら、と笑う。 「どうせ人間なぞ、すぐ増える。たかだか数十人、川に飲み込まれただけだ」 たちの悪い笑みを浮かべる青年。 彼は、タケミカヅチという雷神である。 このタケミカヅチ、とにかくたちが悪かった。
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