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争い事が大好きで、大好きで、常に争いが起きぬかと待ち遠しく、全国を飛び回っている。
最近では都が騒々しく、ああ、面白そうだとタケミカヅチは喜んでいた。
小さな諍(いさか)いでも顔を出す。
人間同士が殺し殺される様が楽しい、とタケミカヅチは笑う。
絶望の表情を浮かべて死ぬ者。
泣き喚いて命を落とす者。
狂ったように何度も何度も刃を死んだ者に突き立てる者。
血の匂い、戦の匂いが大好きだとタケミカヅチは言う。
だが、ウカノはそれが理解出来なかった。
なぜ慈しむべき人間を戦いへ誘うのかが分からない。
気紛れに敗者となるべきであった者を勝者に仕立て、笑いながら蹴落とすタケミカヅチの気が知れない。
タケミカヅチは乱暴者。
かつてのスサノオのように狼藉を働くやもしれない者。
そうしてみんな離れていった。
辛うじて数柱、ウカノのようにタケミカヅチを心配する神らがいる。
彼を剣から産み落としたイザナギは何も言わない。
「タケミカヅチ、なぜそんなに人間を厭(いと)う」
「別に厭うてなぞおらぬ。人間は好きだ、争いを起こしてくれるからな」
畜生どもは話にならぬ、とタケミカヅチは答える。
その答えにウカノは思わず頭を抱えた。
かつてはこんな子ではなかったはずだ、とウカノは考える。
人間が怖がるから自らの雷すら起こすのも嫌だと泣いていたのに。
いつの間にか戦の神に奉り上げられ、それで優しい性格が歪んだか。
「そういえば、用があって来たのではないのか、ウカノ」
「……お主にどうしても会いたいと言いよる人間がおるのだよ」
「ふうん。私に。どんな争いを見せてくれるか」
「そんな子ではないわ」
早く来い、とウカノは告げ、踵(きびす)を返す。
タケミカヅチは肩を竦(すく)めると、ぱちんと指を鳴らした。
雷雲はタケミカヅチの後について行くかのように、ゆっくりと動き出す。
雨が弱まり、タケミカヅチが去った後は無惨にも田畑や家々までも流された更地だけがあった。
時は朱雀天皇が治世の世、西暦943年のことである。
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