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晴明はいつもこうだという。
大事な話があってもまずは酒。
ほろ酔い気分でようやく話し始める。
晴明曰わく、真面目に話すのは好かぬとのこと。
さすがに務めをしている最中は飲まぬとのことだが、果たしてどうやらとウカノは苦笑いを浮かべた。
下女らは式神である。
晴明はひとりを好み、他人を厭う。
育った環境からだろうか、それとも人間が嫌いだからだろうか。
「なあ、晴明」
「はい」
「お前、妻は娶(めと)らんのか」
「ええ」
きっぱりと晴明は告げる。
僅かに赤く染まった頬は酒が入っているからだろう。
杯(さかずき)をくるりと揺らしながら晴明は笑った。
「女は恐ろしゅうございますから。もし娶るとしたら……そうですね。私を理解してくれる女が理想です」
陰陽師は地位が多少は高い。
しかし、魑魅魍魎(ちみもうりょう)相手にすることは屋敷にそれらが押し寄せても平静でいなければならぬ。
晴明が求めるのはただひとつ。
魑魅魍魎を見ても騒がぬこと。
そんな晴明に、タケミカヅチはくつくつと笑う。
「随分と高い理想だ」
「やはりそうでしょうか」
「そうだろう。人間の女はすぐに騒ぐ癖して、男以上に威勢を張る生き物だ。だからあんなに醜く帝(みかど)を奪い合っているではないか」
帝とは今上天皇のことである。
もうすぐ譲位するという噂だが、そんな男でも女たちは群がる。
そして譲位されればころりと手のひらを返したかのように新たな帝に媚びを売るのだ。
まあ、今から次期帝になるであろう親王に媚びを売る女や親がいるが。
「よく見ておいでで」
「暇だからなあ」
「お頼みごとがあるのですが、聞き入れていただけますか」
「暇だからな、聞くだけ聞いてやろう」
傲慢な態度のタケミカヅチにウカノは諫めるが、晴明自身は気にした様子はなく。
さあさあとタケミカヅチの杯に酒を注ぎながら告げる。
「菅原道真公をお鎮めするため、お力を貸していただきたいのです」
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