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首を傾げるばかりの男に、くすくすと晴明は笑う。
そんな晴明に男はむす、とした表情を浮かべた。
「晴明、おれをからかっているのか」
「いや、本当にそこにおられるのだよ」
「確かにそこに誰かいるようだが、おれには見えん。お前の式神か」
男の言葉にウカノの目が大きく見開かれた。
どうやらこの男、姿は見えぬが声は拾えるらしい。
ふふ、とタケミカヅチは笑う。
「葉二(はふたつ)は相変わらず良い音を奏でているか」
「ぬ、その声は朱雀門の」
「なんだ博雅(ひろまさ)、知り合いか」
晴明が意外そうに問うと、うむと男――源(みなもとの)博雅が答えた。
失礼、と言いながら下女が敷いた藁座(わらざ)に座り、酒瓶を床に置く。
「以前、またあの鬼に会えぬかと朱雀門に寄ったのだが、そのときにお会いした――と言うても、声だけだが」
博雅が言うあの鬼とは、葉二という笛の元の持ち主である。
元々博雅は別な笛を愛用していたのだが、とある日の夜に朱雀門の鬼と合奏し、お互いの笛を交換したのだ。
お互いおもむくままに奏で、さあ満足したと葉二を返そうとしたときに鬼はいなくなってしまったらしい。
返しそびれたのだ、という博雅に対し、晴明もタケミカヅチもそうは考えなかった。
「あのときは本当に驚いた。誰もおらぬのに声がしたのだからな」
「私も驚いた。まさか声が聞かれようとはな」
「それに神だと名乗るのも驚いた。なあ晴明、本当にこいつは神なのか」
「こいつとはなんだ博雅」
不機嫌そうな表情を浮かべるタケミカヅチ、怪訝そうな表情を浮かべる博雅。
ぷ、と晴明は吹き出し、袖で口元を隠しながらくすくすと笑い出す。
よく分からぬと言った表情のウカノらに、晴明は言った。
「博雅とタケミカヅチは性格が似ていらっしゃいますな」
どこが、とひとりと二柱が声を一斉に出し、みなぴたりとお互いを見つめるかのように固まった。
それを見て、晴明は堪えきれなくなったかのように声を上げて笑い出す。
あ、と博雅が声を上げた。
「晴明、お前おれに何か術をかけたか」
「ふはは……はあ、なんだ、やぶからぼうに」
「先ほどまでいないように見えたお人らが、今は見えるからだ」
今度は、晴明が驚く番であった。
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