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木の根に足を取られ、薄く積もった雪の上に盛大に転んだ。膝が直に当たって痛い。
スカートから覗く脚は、これまで歩き続けたせいで霜焼けだらけになっていて、そのため脚の感覚は麻痺していた。
しかし、急に感覚が戻ってきたせいで、トリップしかかっていた私の思考は、一気に現実へと引き戻される。
転んだ拍子に雪が掻き分けられて、その下から枯れ葉が見えた。雪によって覆われた落ち葉は、誰の目にも映ることはく、ただ静かに腐敗していくのだろう。
一一もう、この世界では生きていないのだから。
貴方の姿が浮かんでは消える。
この世界にいないのなら、貴方とすごした記憶も、やがて薄れ色褪せ失せてしまう。
もう想い出の中でしか生きられぬ貴方が、その居場所すらもなくしてしまう。
ぼろぼろと大粒の涙が頬を撫でて、口からは嗚咽が漏れる。雪を強く強く握りしめると、痛みに似た冷気が身体を貫いた。
怖い。
あんなに愛した貴方の存在を、世界だけでなく、私すらも忘れてしまうことが堪らなく怖い。
所詮は、まだ子どもの幼い恋だと人は私たちを笑うだろうか。
それでも構わない。
私は愛していた。
いや、今でも愛している。
一一忘れたくない。
それでも、脳裏に浮かんだ大好きな貴方の笑顔が薄れて、薄れて薄れて一一見えなくなる。
「いやあぁぁぁぁっ!」
短い絶叫。私は駆け出す。
刹那でも欠片でも、貴方が見えなくなったなんて認めたくない。
森の中の、似通った風景が何度も何度も後方へと流れていく。
緩やかに降る雪の勢いが増していくような感覚に浸る。
頬を横切る風が痛くて、でも速度は一切落とさずに走り続けた。目尻から涙を流し続けたままで。
走って、走って。
しかし、朦朧とした意識と、一日飲まず食わずで低下した体力で走り続けるなど出来ようもなく。
森の中の、少し開けた空間に出た時、私は足がもつれて再び雪の上に這いつくばることとなった。
もう貴方はいない。
底知れぬ悲しみと虚無感に襲われ、涙が留め処なく溢れる。この世界のどこを探しても、もう決して貴方の姿は見られない。
一一貴方がいないなら、私がこの世界に生きている意味なんて。
「いつまでも泣くな」
貴方の、声がした。
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