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森に響いた声。
確かに貴方の声。
そんなはずない。幻聴だ。
そう自分を言い聞かせるも、やはり私は顔を上げて、辺りを見回して貴方を探してしまう。
真っ白な世界が網膜に映る。
曖昧な視界で捉えた、開けた空間は泉を中心に円形になっていて、泉を囲むように幾百のスノウドロップが咲き誇っていた。
貴方の姿はない。
やっぱり幻聴か、と肩を落としたところで視界に黒い影が映る。薄弱な意識でも判別出来る黒。
見覚えのある孤影。
まるであの絵のように。
白銀の空間に於いて甚だ異質の黒は、泉の上に一一佇んでいた。
黒のブレザーに、私がプレゼントした真っ白のマフラー。
少し色素が抜けた短髪に、私を包み込むような優しい眼差し。
私が世界で一番愛した一一。
「雪斗……っ!」
貴方の名を呼ぶ。
数日前まで普通に呼んでいたはずの名前は、何だかすごく久しぶりに感じられて。
「冬綺。だから泣くなっての」
貴方は私の名を呼ぶ。
生意気な口調も貴方と同じ。
ゆるゆると。
もうこの世界にいないはずの貴方は、泉の水面を歩いて渡り、こちらに向かってくる。
一一あぁ、きっとこれは夢だ。
「熱のせいで遂に私の頭も幻覚を投影するようになったのね」と自嘲気味に呟き、でも視線は決して貴方から外さない。
このままずっと見続けていたい。例え幻影だとしても、私の瞳に映った最期の人物が貴方なら、何一つ悔いはない。
貴方が近づいてくる足音に比例して、私の意識が遠退いていく気がした。
ふわり。
身体が宙に浮く感覚がして、貴方に焦点を合わせる。私は貴方にお姫様抱っこされていた。
貴方と目が合う。
お姫様抱っこは、あまり好きじゃない。子ども扱いされるのが嫌だったし、貴方の自慢気な顔も、不意に呟く可愛いも何だかくすぐったい。
そして何より恥ずかしかった。
一一なんで幻まで、私に恥ずかしい思いをさせるのよ!
そう言ったつもりが、私の喉から声は出ず、口からはただ息が漏れるだけだった。
意識は更に遠ざかり、視界の殆どが白く濡れる。貴方の顔でさえ上手く判断出来ない。
「冬綺。俺と約束しただろ?
こんなとこで死ぬな。生きろ」
一一もう頭きた。
なによ約束って。自分で勝手に決めた癖に。一緒にいようね、って私の約束は守らなかったのに。
貴方のいない世界なんて、生きていたってしょうがないよ。
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