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再び涙が零れる。冷えた私の頬を幾筋もの熱い雫が流れていく。堰を切ったように溢れる涙で、ぼんやりと滲んだ視界。
貴方の姿が判らない。
でも私に触れる貴方の温もりはその存在を確かに証明していて。
最大限の力を振り絞って、喉の奥から声を紡ぎ出す。有りったけの呪咀と、切実な祈りのふたつを混ぜ込んで。
「もっと、もっと一緒にいたかったよぉ……ばか雪斗……っ」
祈りの言葉を発した刹那、急速に風景が奪われていく。
もう何も見えない。
私の世界は、雪に包まれたように真っ白く染まってしまった。
「おい冬綺! 起きろばか!」
貴方の声までもが遠くなり、感覚が世界に置き去りにされる。
あぁ例え幻の存在であろうと、最期に貴方が見られてよかった。
貴方の声が聴けて。
貴方に触れてられて。
私はなんて幸せなんだろう。
「あぁ雪が止んできやがった……冬綺! 起きろっての!」
雪に願ったから、貴方は私の許に現れてくれたのだろうか。それなら、これからずっと貴方を雪に願ってみようかな、なんてことも思ってみる。
きっと私は、もう目覚めないだろうと分かっているのに。
ありがとう。
最期に私の前に現れてくれて。所詮は幻影だとしても、心の底から嬉しかった。
一一雪斗……愛してるよ
上手く声になっただろうか。薄れた感覚では、私の咽喉から声が形成されたのかも判らない。
一一私、死ぬのかな。
曖昧な思考で考えてみる。それも構わないかな、と思った。
なんとなく、このまま貴方のそばに行ける気がして、私は満たされた気分に浸れた。
幼いと蔑めばいい。二十年しか生きていない子どもに、愛など分かるはずなどないと吐き棄てればいい。
それでも私は、貴方を心の底から愛してる。それだけは誰にも否定させない。
「愛してる……雪斗……」
舞い降る風花が私への手向け。例え誰も居ないこんな森でも、貴方がいてくれるならそれでいい。
「愛してる! 何度だって言ってやるから、目を開けろ!」
何度も言って欲しい。
貴方と一緒にいた頃のように。
でも、今だけは眠らせて。
起きたら、またたくさん愛してるって言い合おう。
もう一度、逢いたい。
雪への願いは確かに届いた。
例え幻覚だとしても。
最期の刹那。
私は幸せだった。
最期に見た雪と貴方の顔を脳内に幾度も再生しながら、私の意識は静かに世界と断絶された。
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