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「人を、ですか?」
ふと、おゆきの頭のなかを幼い頃の記憶が流れた。
が、おゆきはすぐに頭からその記憶を振り払った。
「いえ、ございませぬ。」おゆきは淡々と、先ほどまでの宗春に焦がれていた時とはまったく違う、冷たい声で答えた。しかし宗春はそのことに気付かず、ただ外を見つめたまま話を続けようとした。
「そうか。わたしはな、…いや、やめておこう」
急に思い止まり、宗春は口をつぐんだ。
その代わり、外からおゆきへと視線を移した。
その時おゆきに見せた宗春の笑顔は、悲哀に満ちたものだった。
―ああ、またそんなお顔をなさるのですか…。
宗春がここに来るようになったのは、半月ほど前の話であった。
当初から、宗春はいつも色んな話をおゆきにした。
頭がよく、知識が豊富な宗春は話をおもしろく話すことがうまかった。時には、おゆきを喜ばすような甘い言葉も投げ掛けた。
しかし、いつも時折寂しげな、何かを求めているような顔をみせるのだった。
おゆきはその顔を見るたび、胸が締め付けられる思いだった。
遊廓には、淋しさをうめるためにやってくる男は数えきれぬほどやってくる。
その淋しさをうめるために、男達は遊女達を求める。
しかし、宗春は一度たりとも遊女を求めなかった。
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