1

4/4
前へ
/4ページ
次へ
「人を、ですか?」 ふと、おゆきの頭のなかを幼い頃の記憶が流れた。 が、おゆきはすぐに頭からその記憶を振り払った。 「いえ、ございませぬ。」おゆきは淡々と、先ほどまでの宗春に焦がれていた時とはまったく違う、冷たい声で答えた。しかし宗春はそのことに気付かず、ただ外を見つめたまま話を続けようとした。 「そうか。わたしはな、…いや、やめておこう」 急に思い止まり、宗春は口をつぐんだ。 その代わり、外からおゆきへと視線を移した。 その時おゆきに見せた宗春の笑顔は、悲哀に満ちたものだった。 ―ああ、またそんなお顔をなさるのですか…。 宗春がここに来るようになったのは、半月ほど前の話であった。 当初から、宗春はいつも色んな話をおゆきにした。 頭がよく、知識が豊富な宗春は話をおもしろく話すことがうまかった。時には、おゆきを喜ばすような甘い言葉も投げ掛けた。 しかし、いつも時折寂しげな、何かを求めているような顔をみせるのだった。 おゆきはその顔を見るたび、胸が締め付けられる思いだった。 遊廓には、淋しさをうめるためにやってくる男は数えきれぬほどやってくる。 その淋しさをうめるために、男達は遊女達を求める。 しかし、宗春は一度たりとも遊女を求めなかった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加