3人が本棚に入れています
本棚に追加
「いらっしゃいまし。いつもありがとうございます。今日もあの子で、よろしいどすか。」
京の島原にある一廓に、朝から細身のなかなか顔のいい男が訪ねてきた。
男は常連のようで、店の者も決まり文句のように、いつもと同じことを男に尋ねた。
「ああ。」
男は他の客とは違い、穏やかな顔をしていた。
それは今日に限ったことではなく、いつも他の客とは違う穏やかな微笑みを浮かべていた。島原に来るからには、多かれ少なかれ、みな、下心を持ってくるものだ。
下世話な笑みを浮かべる者こそ多いが、男のような穏やかな笑みを浮かべる者はいなかった。
それもそのはず。男はただ、いつも同じ部屋にいる遊女と話すためだけに、この遊廓に足を運んでいるのだ。情事など、一度もなく、ただくだらない日々について話すためだけに、遊廓に来ているのだ。
それが男の、奇妙ではあるが、穏やかな日常だった。
「いらっしゃいまし、宗春さま。お待ちしておりました。」
男-名を宗春(むねはる)と言うらしい-は、案内された部屋の襖を、静かに開けた。
襖を開けたその先に、大変見目美しい遊女が上品に座り、頭を下げていた。
「ああ、おゆき。今日もまた一段と美しいな。」まるで兄が妹に語りかけるように、宗春は遊女、おゆきに笑みを浮かべながらそう言った。
「お褒めいただき、
大変うれしゅうございます。宗春さま。
いつも褒めていただき、
おゆきは幸せ者でございます。」
おゆきは、遊女特有の妖艶な笑みを宗春に向けた。
最初のコメントを投稿しよう!