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「いらっしゃいまし。いつもありがとうございます。今日もあの子で、よろしいどすか。」 京の島原にある一廓に、朝から細身のなかなか顔のいい男が訪ねてきた。 男は常連のようで、店の者も決まり文句のように、いつもと同じことを男に尋ねた。 「ああ。」 男は他の客とは違い、穏やかな顔をしていた。 それは今日に限ったことではなく、いつも他の客とは違う穏やかな微笑みを浮かべていた。島原に来るからには、多かれ少なかれ、みな、下心を持ってくるものだ。 下世話な笑みを浮かべる者こそ多いが、男のような穏やかな笑みを浮かべる者はいなかった。 それもそのはず。男はただ、いつも同じ部屋にいる遊女と話すためだけに、この遊廓に足を運んでいるのだ。情事など、一度もなく、ただくだらない日々について話すためだけに、遊廓に来ているのだ。 それが男の、奇妙ではあるが、穏やかな日常だった。 「いらっしゃいまし、宗春さま。お待ちしておりました。」 男-名を宗春(むねはる)と言うらしい-は、案内された部屋の襖を、静かに開けた。 襖を開けたその先に、大変見目美しい遊女が上品に座り、頭を下げていた。 「ああ、おゆき。今日もまた一段と美しいな。」まるで兄が妹に語りかけるように、宗春は遊女、おゆきに笑みを浮かべながらそう言った。 「お褒めいただき、 大変うれしゅうございます。宗春さま。 いつも褒めていただき、 おゆきは幸せ者でございます。」 おゆきは、遊女特有の妖艶な笑みを宗春に向けた。
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