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スバルは、退屈していた。いや、疲れていただけなのかも知れない。
仕事上がりの控室、帰り支度を終えたスバルはパイプ椅子にもたれたまま億劫そうな手つきで煙草に火を点ける。
口の端で軽くフィルターをくわえ、小さく息を吸い込んで細く吐き出す。
紐のように中空を滑り出た紫煙をぼんやりと眺め、それが空気にすっかり溶け込むまで虚ろな瞳を泳がせた。
何も考えず、何を思うでもない。
ただ、目の前に積み上がっていく仕事を片っ端からこなし続けた先の充実感と疲労感だけがスバルの全身を支配していた。
仕事が嫌いな訳ではない。ましてや、自分自身のスタイルや容貌に自信がない訳でもない。
現に、『スバルちゃん』に憧れを持つ読者や視聴者は何万人と存在し、それが経済効果16億という数字を出している。
だが、近頃はそれでも心が満たされずにいた。自ら切り開いたレールを走って来たつもりでいたスバルだが、ある日不意に、今までの5年間が業界の人間やプロダクション、番組制作者やスポンサーによって用意されたレールの上を進まされている事実に気付いたのである。
それからスバルの気持ちは、下降の一途を辿った。
きっかけは単純な一言。
テレビの露出が急増し、本業であるモデルの仕事をセーブされ始めたことにスバルが不満を漏らしたのだ。
「私は、モデル中心にやりたいんです」
切実な思いが口をつく。しかし、周囲の人間はその純粋な願いを傲慢と受け取った。
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