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視聴者、読者。そういった『スバルちゃん』という商品を多角的に求め出していることは明白だった。
歌を唄えば数十万枚を1週間で売り上げ、テレビ出演をすれば視聴率は5パーセントは上昇する。
その現実を懇々と具体的なデータからつぶさに説明を受けたその時間、スバルは自分が一人の人間では無く、一つの商品なのだと強く認識したのである。
不意に、控室の鉄扉が開いた。
そこからは30代の、グレースーツの女性が静かに現れる。
顎の辺りで切り揃えた黒髪に、柔和な瞳と眉がよく似合うその女性を見るや、スバルは煙草を無造作に灰皿へ押し付けた。
紫煙が途絶えた所を見届けて、パイプ椅子から立ち上がる。同時に長テーブルへ置いていたハンドバッグを引ったくるように持った。
「あら、もういいの?」
スーツの女性は、灰皿でくしゃくしゃにされた半分も吸っていない煙草に目を向け呟く。スバルは頷きで返事をすると、視線だけで部屋を出るように促した。
「そんなにつんけんしないでよ、今日はもう『スバルちゃん』は終わりだから」
スバルの鋭い表情は、笑顔が無いと険が強すぎる節がある。取り分け仕事以外では感情の起伏が外に出にくい質な為、近寄り難い印象は少なからずあった。
「今日は終わりって言っても、日付変わってるし。明日は?」
スバルは落ち込み気味ではあったが、特に機嫌を悪くしている訳ではない。ただ、そんなことまでを逐一弁解するような性格では無かった。
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