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波の音が聞こえた。
獅島は口の中に砂が入り込んだのを吐き出し、ゆっくりと起き上がる。
見覚えの無い海岸に、獅島は一人投げ出されていた。
衣服の砂を払いながら立ち上がると、不思議なことに身体は枷がとれたかの如く軽かった。
「カレン……」
まだはっきりとしない視界の中で辺りを見渡すと、遠くに小さな人影が映り込む。
直感のまま駆け寄ると、獅島はそれが室町だということを確信した。
目の前に立ち、頭側に膝を落とす。
眼は開いていない。
「どっち、だ……?」
意識を失った『瞬間移動』の最中、玻璃崎と室町は熾烈な精神戦を繰り広げていた。
その結果を、獅島は知らない。
恐らく、室町と玻璃崎もそれは解らないのだろう。
耳を口元に近づけて、胸の動きを見詰める獅島。
続けて顔を上げると、そっと手首に触れて脈を取る。
呼吸も心拍もある。
少なくとも室町の身体は生きていた。
「目を覚ますのは、誰だ」
獅島は力無く呟くと、室町の身体を抱え上げて砂浜を歩き始めた。
まるで人間であるかが疑わしくなる程に重さを感じない室町の身体に寂しさを覚えながら、獅島は無意識に何処かへと向かう。
『瞬間移動』の座標は発動者だけが定められる。
そして同時に、獅島に宿る力は『情景を細かく想起できる場所』に移動できるというルールがあった。
獅島に心当たりは無いが、この場所は確実に獅島が『来たことのある』場所の筈である。
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