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獅島はそこまで思いを巡らせ、赴く足に道を任せた。
考えることは、しない。
自身の潜在的な何かが獅島をここに『飛ばした』のだから。
砂浜から波の音だけを耳に、獅島はひたすら歩いた。
日は頂点を過ぎて下降を始めており、先程までの戦いから5、6時間過ぎていることを示唆していた。
人気の無い砂浜。
自分達以外は誰もいないその不思議な環境の中で、獅島は一軒の民家に辿り着いた。
生活の気配がない、古びた日本家屋の空き家。
その表札は消えかけていたが、微かに『御神』と読めた。
「そーいうことか」
獅島は自虐的な笑みを浮かべ吐き捨てると、何も言わず玄関を潜った。
20年近くの間、立ち入ることの無かった生家。
ドアは既に腐りかけ、中の家具や廊下も好き放題に埃を溜め、嵩を増している。
ブーツのまま、迷わず廊下を突き進むと、奥に一枚の戸を隔て広い空間が口を開けた。
ベッドと数種類のアナログ機器、そして書棚。
無作法に放置されたスチールのカートには、医療器具が整列していた。
その全てが、青いビニールシートに覆われ養生されている。
「そうだった……っけ」
獅島は一通り部屋を見渡し呟くと、ベッドに被せられたビニールシートを外す。
思いの外、清潔なシーツが顔を覗かせたのに安堵して、一先ず室町をそこへ移した。
それから獅島は窓を開け、ビニールシートを片っ端から外していく。
埃が舞い散るのを最小限に抑えながら、獅島はビニールシートを裏返しに床へ敷き詰めた。
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