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作業が終わっても、室町が目覚める気配はなかった。
獅島は軽く息を吐くと、書棚と一緒に囲われていた小さなデスクの椅子に腰を下ろす。
デスクには、右手に小さな引き出しが一つ。
何の気なしにそれを開くと、中から一枚の写真が現れた。
「なんだこりゃあ」
迷わず手に取り、眺める。
写真には20歳位の男女に挟まれ、3歳前後の男の子が1人写っていた。
裏を返してみると、日付と共に、『先生、孔ちゃんと』と書かれているのが飛び込んだ。
「この子は、オレか……」
そのまま引き出しに投げ入れる獅島。
そして引き出しを閉じようとした瞬間、写真の女性から室町の面影を感じる。
「カレン……?」
横たわる室町と、写真を交互に見比べる。
見れば見る程に、二つの相貌はぴたりと重なった。
「どーいうコトだ?!」
「思い出しませんか?」
思わず叫ぶ獅島に問いかけたのは、目を覚ました室町だった。
「カレン」
「その写真の女性の名前は……室町花恋」
「何だと?!」
カレンはベッドに横たわったまま、視線だけを獅島に向けていた。
その赤々と輝く瞳を見詰め、獅島はゆっくりとベッドまで近付く。
「玻璃崎は振り切った……のか」
「コウの『瞬間移動』のお陰でしょうね」
獅島はあの時、座標まで意識しなかったが、対象だけは明確に『自分とカレンだけを』と設定した。
室町の精神へ強引に寄生しようと試みた玻璃崎の執念も、確かに喰らい付いて来てはいたが、どうやら瞬間移動の最中、極限まで分断された室町の身体と完全に分離し置き去りにされたのだろう。
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