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「もう……明日は10時入りだから、9時には迎えに行くわ」
「はいはい、どうも。敏腕マネージャー。隙間無く仕事を頂けて私は幸せだよ」
「そんな風に言わないでよ、昴……」
スーツの女性はスバルの態度に溜め息をつきながら、部屋から駐車場への長い廊下を歩きだす。
深夜に至っても依然として明かりの消える様子が無いこのビルを出て、二人は1階に広がる駐車場へ出た。
季節は夏。日中の気温は30度を越していたが、何故だか外の風は肌に心地良い冷たさをはらんでいた。
スーツの女性は無言のまま車のキーを翳し、運転席に乗り込む。座席に着くとすぐ助手席の鍵を開ける音がして、スバルはドアに手を掛けた。
「ちょっと……待って」
キーを操作しながら、スーツの女性の声が飛ぶ。スバルは異変に気付いて、大人しくドアから手を離し、運転席側に回り込む。
パワーウインドウ越しに中を覗くスバル。スーツの女性は、何度かキーを抜き差しした後、拳で車のパネルを叩くとドアを開けて外に出た。
「調子悪いの?」
「う……ん、エンジンかかんないわ」
スーツの女性は眉をひそめながらそう零し、スバルを運転席に押し込む。
「誰か呼んでくるから、中で待ってて」
スーツの女性は早口にそう告げると、駆け足でビルの中に戻って行った。スバルは一人、車中に残されあくびを噛み殺す。車のキーは、ささったままだった。
何とも無しに、そこへ手を伸ばすスバル。ためらいもせずにキーを一気に傾けるが、女性の言葉通り、車は何の反応も示さない。
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