546人が本棚に入れています
本棚に追加
数日経ったある日。
「菊!」
「!………あ、アーサーさん」
「よかった。……会いたかった」
そう言ってにっこり笑う。やめてください。その笑顔だって本当は………
「……私もです。最近お忙しいようで」
素直に喜べないくせに、口が勝手に動く。今私は嬉しそうに笑えているだろうか。
「ああ、わかるか。あっそーだ!これ、……」
そう言って後ろ手に持っていた物を突き出す。
目の前には、一本のバラ。紅く綻んだ花はいつかのことを思い出させた。
私たちがまだ出会ったばかりの頃からずっと、家に訪ねて来るときにはいつも決まってバラの花束を持参してくれていた。それは家で育てている深紅のバラ。少し恥じらいながら差し出されたそれに目を奪われたことは今でも鮮明に覚えている。何本も丁寧に育てあげられた花たちはアーサーが訪れる度に部屋を明るくした。そして名残惜しく帰って行く彼の後も部屋に彼を感じさせてくれた。花束はお互いが惹かれ合うようになって、両思いになってからも絶えることはなかった。いつも赤い顔と真っ赤なバラは私に笑顔をくれた。
「………ありがとうございます。一本だけ、ですか」
意地の悪い言い方をしてしまっただろうか。
「ああ……わるい。最近結構挨拶回りにいろいろあげちまったんだ」
「そうですか。……あ、嬉しいですよ。十分ですよ………」
笑ってごまかした。まただ。苦しい。会えて嬉しいはずなのに。
知ってしまっているからだろうか。バラを最近仲良くなさっているセーシェルさんにあげていることを。
きっとここに来たのだって私のご機嫌取りのためなのでしょう?そんな気遣い、されたら虚しいだけなのに。そこまでして私が必要なことなんてないだろうに。
最初のコメントを投稿しよう!