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「なんでも、ありません。ごめんなさい、ぶつかるところでしたね」
小さく笑って返した。
「あっ、いや//……べつに、ぶつかったらぶつかったで…いい…ん…だ……///」
赤くなってそっぽを向いてしまう。でも私はその傍らにいつもの少女を見た。
「!?」
一気に体温がひいていく。目も耳も、何も捉えなくなっていく。
ズキンッ―――――
鼓動がおかしくなる。また吐き気を催す。
アーサーの声が遠くに聞こえる。
「――く、………きく?」
「は、い………すみません………私、用事を思い出したので……先に、行っててください…」
返事も待たずに今来た道を足速に戻る。
後ろで名前を叫ばれた気がしたが、振り返ることはできなかった。角を曲がった所で立ち止まった。
誰もいない場所で、一人壁に肩を預けた。
苦しい。もう我慢できない――
そう思った瞬間。
溢れ出したのは涙だった。今まで溜め込んでいたのは紛れも無くそれだった。
とめどなく溢れ出し、頬を滑り落ちる。幾つかは服に、幾つかは床に小さな染みを作っていた。
悲しみも憎しみも愛おしさも………全てが涙となって溢れるが何一つ尽きて楽になるものはなかった。
それどころか益々募る思いさえあった。こんなにもアーサーのことを想っているのに、心はどんどん離れていくような気がして。
散々泣いているのに止まる気配がない。
「菊、かい?……どうしたんだい、こんなところッ………!」
はっとして顔をあげると蒼い瞳と目が合った。その瞬間にその人は言葉を止めて真顔になる。
しまった、と思った時には遅かった。
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