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驚いて立ちすくんでいたアルが駆け寄ってきた。
「な、何があったんだい!?菊が泣くなんて…よっぽどのことじゃないか」
心配そうに見つめる瞳に、つい似た翡翠の面影を重ねてしまい、直視できなかった。
「い、いえ。……大丈夫です。大丈夫ですから」
涙目で笑ってみたが、何の説得力もない。この人がそれに気づかないほどKYだとは思っていない。むしろ敏感だ。
アルは困ったように息をついて、菊の頭に手を乗せた。何も言わず、ただ優しく撫でてくれた。
「……落ち着いた?」
「はい」
いつの間にか涙は消えていた。
「で、どうするんだい?このまま会議に出てもいいけど、その目じゃバレちゃうよ?」
そっと親指で腫れた目に溜まった涙を拭いてくれた。
その指も声も笑顔も、全て優しかった。久しぶりに得られた安心感だった。でも完全に心を開くことはない。
「すみません。でも大丈夫です。ちゃんとごまかしますよ」
少しでも大丈夫だと安心させたかったので笑って見せた。
すると、少し迷いながら相手も頷いてくれた。
「わかったよ。じゃあ行こう!」
菊の斜め右を歩く背中は会場に着く前にこう言ってくれた。
「何かあったなら、俺が話を聞いてあげるから。話したくなったらいつでも言うんだぞ」
その言葉に甘えられる時はこないだろう。
「……はい。善処します」
彼はなにも言わず力無く笑っただけだった。
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