愛の証~前編 (朝菊)

7/16
前へ
/555ページ
次へ
驚いて立ちすくんでいたアルが駆け寄ってきた。   「な、何があったんだい!?菊が泣くなんて…よっぽどのことじゃないか」   心配そうに見つめる瞳に、つい似た翡翠の面影を重ねてしまい、直視できなかった。   「い、いえ。……大丈夫です。大丈夫ですから」   涙目で笑ってみたが、何の説得力もない。この人がそれに気づかないほどKYだとは思っていない。むしろ敏感だ。   アルは困ったように息をついて、菊の頭に手を乗せた。何も言わず、ただ優しく撫でてくれた。           「……落ち着いた?」   「はい」   いつの間にか涙は消えていた。   「で、どうするんだい?このまま会議に出てもいいけど、その目じゃバレちゃうよ?」   そっと親指で腫れた目に溜まった涙を拭いてくれた。 その指も声も笑顔も、全て優しかった。久しぶりに得られた安心感だった。でも完全に心を開くことはない。   「すみません。でも大丈夫です。ちゃんとごまかしますよ」   少しでも大丈夫だと安心させたかったので笑って見せた。 すると、少し迷いながら相手も頷いてくれた。   「わかったよ。じゃあ行こう!」   菊の斜め右を歩く背中は会場に着く前にこう言ってくれた。   「何かあったなら、俺が話を聞いてあげるから。話したくなったらいつでも言うんだぞ」     その言葉に甘えられる時はこないだろう。     「……はい。善処します」   彼はなにも言わず力無く笑っただけだった。
/555ページ

最初のコメントを投稿しよう!

546人が本棚に入れています
本棚に追加