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アーサーは驚いた。
別れてもなお、この指輪を大事につけていてくれた。翡翠の石は今も綺麗に光を受けて輝いていた。
自分も同じようにつけていた指輪は、忙しくなった時も、辛くなった時も菊を思い出させてくれた。だから頑張ってこられた。いつも笑顔を側に感じられたから。
その手にそっと触れる。細くて小さなその手指は握り返してはくれない。
そう思うと涙が溢れてきた。堪えていたが嗚咽が漏れる。
大好きだった笑顔も照れた顔も、漆黒の瞳も柔らかな唇も細く温かい手も....今は何一つ自分に反応してくれない。
全部自分が奪ったから。
別れるなんて言ったから。
そこでやっと気づいた。
『もしもですよ?私が邪魔になるようでしたら遠慮せず言ってくださいね』
菊がそんなことを言い出したことがあった。あの時は突拍子もないことに驚いた。
『邪魔にだけはなりたくないんです!かくなる上は別れることも覚悟…』
あれは本気だったのか、と今更思い出した。
そんなこと有り得ない。あの時自分はそう言って、今でもそう思っている。矛盾しているかもしれないが、自分から菊と別れるなんて有り得ないのだ。
じゃあ何で別れを言ったのか。あれほど大事で大好きだったのに。
別れたのは自分の意志じゃない―――――――菊のため。
菊が自分を嫌うようになって、違う誰かを好きになったと思ったから。
「俺は……………菊を信じてやれてなかったのか……」
あそこまで自分のためだけを思った言葉をくれた菊をいつまでも大切に指輪をしてくれた菊を勘違いでふってしまったのだ。
ずっと好きだから、迷惑をかけたくない――――そんな気持ちも分かってあげられなかったことが悔しかった。
情けなくて申し訳なくて、涙が止まらない。握りしめた菊の手に涙が落ちる。
今はただ謝りたくて、目を覚ましてほしくて、微笑みかけてほしくて。
「ごめん。…ごめんな…………………お願いだから目ぇ覚ましてくれ……ちゃんと、言いたいんだ。誤解だった、すれちがってたんだ俺たち。だから、だから………ッ」
その先は涙で言えなかった。縋るように菊の手を額にあてる。
伝えたいこと、今ならちゃんと言えるから――――
おもむろに立ち上がった。目を覚まさない菊の頬を愛おしむように撫でて、部屋を飛び出した。
―――俺の指輪……!
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