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アーサーが向かったのはある川辺だった。
たまたま会ったセーシェルと他愛もない話をしていた時、男なのにピンクの指輪をしている、とからかわれ取り上げられた。
菊にもらった大事なものだったので焦って取り返そうとした時。
「「あっ」」
小さい指輪は二人の手から弾き出されて川の中に落ちた。一瞬固まってからすぐ取りに行こうと走った。
その瞬間、最近の菊の言動を思い出した。よそよそしい態度やアルに向ける笑顔を思い返すうちに足が止まってしまっていた。
自分ばかり菊を想っていることがなんだか馬鹿らしくなって必死にしがみつこうと指輪を探すのもひどく滑稽に思えた。
思わず自嘲していた。
セーシェルは不思議そうにしていたが、結局拾わなかった。
バシャバシャと裾も気にせず水へはいったためにびしょ濡れだった。欝陶しい上着を岸に放り投げて、腕まくりして散々探した。
ただ一心に。
「何してるんですー?」
振り返って見るとセーシェルがいた。さすがに大の大人が河でびしょ濡れになっているのは不審に思ったのだ。
アーサーは話した。あの時なくした指輪が大事な物だったのだと。
セーシェルは真剣に耳を傾けて、それから自分も手伝うと言ってきた。
こうして日が真っ赤に燃える中、二人は小さな指輪を探し続けた。
夕日が辺りを温かい色で染め上げる中、ひたすらバシャバシャと水音だけが響く、互いに会話もなく、水面を凝視して歩く。
さすがに腰が痛くなって伸びをしようとアーサーが立ち上がったとき、キラッっと視界の端が光った。
「!?」
もしやと思い、走り寄った。セーシェルも様子に気づき、覗きに行った。
アーサーが波を立てないよう静かに手を入れて、光るそれをぐっ、と掴んだ。
「……あっ、た…」
「わあ~よかったです!」
その指輪は夕日に照らされて朱く染まっているが、確かに桜の色をしていた。
菊のような柔らかい、菊の色―――
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