一章 『かきつばた』を句の上に据えて

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     ◇      ――暑い。とにかく、暑い。  電子合成された鐘音の余韻を耳朶に感じながら、僕はそう、独りごちた。窓の外からは暴力的なまでの日差しが教室中に降り注がれ、溢れんばかりの陽光が僕の目を眇めさせている。  瞼の裏で明滅する太陽光に閉口しつつ、椅子から腰を上げる。茹だるような暑気と退屈なことこの上ない授業に辟易して半ば生気を失っていた僕だが、このまま太陽の熱線に溶かされておく、というワケにも行かない。氷菓子じゃあるまいし。  光に抗いながら薄目をもう少し開き、左手首に嵌めた腕時計へと視線を移す。入学祝いとして母に買って貰った腕時計の盤面に表示されている現在時刻を確認。  二本の針が指し示す時刻は――八月一九日一二時二二分。一瞬の瞑目の後、再び視線を向けてみても、やはり、八月一九日一二時二二分。  何故己は教室にいるのだろう、と自問自答してしまう日時だった。    全く、馬鹿らしいにもほどがある。いくら地域ではそれなりに有名な進学校だといえども、何故八月の中旬から通常授業を受けなければならないのだろう。八月の真ん中なんて、どう考えても――学校に空調設備が備わっていることを差し引いても――休暇にするべきだと思うのだが。  事実、昨日テレビで観戦した高校野球中継(西宮まで行く時間も気力もない。主に気力の方)では、夏休みが短いことに定評がある北海道の高校でさえ、授業再開は二〇日からと言っていた。  方や我らの学校では、一コマ五〇分の四限授業に短縮こそされているものの、既に通常授業が再開されている。また、授業時間が短いとはいえ内容はしっかりみっちり詰まっており、むしろ六五分五限授業の時よりも濃くなっているようにさえ感じられる。四限目だった数学Aも、いつも以上に理解しにくかった。正弦定理だとか余弦定理だとか言っていた気がするが、全く頭に入っていない。それをいうなら、三限目の物理なんて、いつ始まっていつ終わったのかすら覚えていないのだが。    というか、物理の次に数学Aだなんて、完全文系人間の僕からすれば拷問としか思えない。全身を茹で上げるかのような暑気(冷房は、正直あまり効果が無い)と相まって、授業内容が記憶に残らないこと必定だ。
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