†螺旋階段

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表情をなくした 大理石が視界から 走り去っていく ほんの一瞬、 またたいて 私は 今 真っ逆さまに 落ちている 歪んでしまった 螺旋階段の中心を 音もなく 墜ちていく 生ぬるい風の中を 高速で駆けぬける 己の残骸 朧気な思考の端が 僅かな快感を覚える 終わりのない 墜落に瞼をあげると 踊り狂う自分が 薄暗い石の上で 手を振っているのが見えた それに私は いちいち口の端を 歪めて応えてやるのだ そんな徒労すらも 愛おしく思えた うなりをあげて待つ 地獄とやらにも 恋情を抱けたなら もう、最高だ ――ピアノ線が見える 見慣れない銀色のまく 見知らぬ物をみた 焦りと恐怖が消えない そうして、呆気なく 私は 止まった 銀色の蜘蛛の糸に ひっかかってしまった じたばたと四肢を 動かしても 絡まるばかりで取れない糸 身の毛もよだつ 不快感に絶叫したくなる いけない、 刹那、面倒な 思考を排除して 虚ろな眼で空を 見上げる ――抱き上げられた 暖かい水滴がおちてきた 石のうえにそっと 引き上げられた 空気が動いた 一体全体何だと 言うのだ 何故私は止まった 何故私は抱かれている 何故人がここにいる 何故私はまだ人のままなのか 何故、何故、何故心が形成されていく 思考が脳をかき回す 魂が、戻ってくる 紅く色づいた 手首に巻き付く かさついた髪を 手に取れば、 また聞こえた、 あの 声 還っておいで 還っておいで 戻っておいで 戻っておいで どくん、と波打つ 心の臓に真の 恋情を感じた 嗚呼、私はまた 退路を断たれて しまうのか 優しく優しく 塞がれてしまうのか ふと、金に光る 懐中時計が目に入る その時間をカチリと 合わせて首に かける 螺旋階段が 少しずつ色付いていく お世辞にも綺麗 とは言い難い その色に騒めく この胸を止める手段を 知らないことくらい 鈍った頭でも 理解できた もう一度、 赤黒い業火を 見つめて息を止める 何の感情も沸かない 自分の心に 溜め息をついて 私はまた次の階段に 足をかけた――
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