その夜

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  縮まることのなかった、長い長い俺らの距離。 それが今この瞬間、ガラス一枚分にまで縮まった。 もう、離れんな。 俺は溢れだしそうになる想いを、必死に飲み込んだ。 今は言えねぇ。 全部にキリつけて中途半端な俺から、真新しい俺に変わったときに、面と向かって言うんだ。 だから夕妃、それまで “待ってて” どうせ伝わらないテレパシーをおまじないがわりに送った。 「バーカ。」 「なんだし急にー。」 重ね合う右手の隣りに、文字が浮き上がった。 “あほ” 書き返してやろうと思ったけど、こっち側には湯気がないから書けなかった。 「開けるぞコラ。」 「変態!!」 「変態じゃねーし!!」 まじ時間止まってくれよ。 「俊介くん~?あれ、どこ~?」 風呂場のドアの向こう側から、朝妃ちゃんの声が聞こえた。 お互い慌てて手の平を離した。
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