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告白もアプローチもしないまま店を出た。
つまるところ、いつも通りという訳だ。
「うっわ、寒ぅ~!!」
歩き始めて5分も経つと、ダイシが騒ぎ始めた。
(――これもいつも通りや)
ダイシは(やめとけばええのに)冬でも比較的薄着やから、ちょくちょく寒いと喚く。
ホンマに……ボーカリストなんやから、「オシャレは気合いや!」なんて言っとる場合とちゃうで!!
「アカン、手がかじかんどる。これじゃ裁縫できひんわ~」
「したことないやろ」
一応ツッコミを入れながらも、俺は自分のポケットにダイシの手を導こうと、そっと手を伸ばした。
冷たい指先が、そっと触れ合う。
「……!!」
瞬間、ダイシの肩がビクンと震えた。
何故か悪いことをした気がして、ダイシの瞳を直視できない。
「そんな冷たい手ぇして――ほら」
バッグの中から手袋を探り当てて手渡すと、ダイシは短く「ありがと」と呟いた。
少し染まった頬を眺めながら、俺はぼんやりと考えた。
(そもそも――俺らが『恋人』にならなあかん理由があるんやろか?)
今のままだって、ダイシの隣りにいることは出来る。
手を繋ぐことも抱きしめ合うことも口付けることも出来ないけど、それでも十分や。
――この恋だけは、何よりも大切にしたい。
俺はそう思ったから、コートの襟を立ててそっとダイシとお揃いのピアスを隠した。
ダイシが無理に決断を急ぐことが無いように。
俺がきちんと『理由』を見つけられるように。
両手をコートのポケットに捻じ込むと、体温の自然な温もりが俺の指先を包んだ。
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