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シュバリエがここに立ってから、まだ数分と経っていない。
風の音が鳴り、空気が揺らいで煙草の先についていた灰が落ちる。
それが合図であるかのように、“何か”の方が先に動きを見せた。
耳を劈くような咆哮と共に炎を吐き出し立ち上がる。
黒雲の切れ間から顔を出すと、月明かりに照らされようやく姿を見せる。
二本の足で立つその下半身は、針のような毛に被われているところを除けば、人間のそれと変わりない。
異様なのは上半身だ。
剛毛に覆われ、大きくひらいた口から覗く犬歯は何者をも切り裂く程の鋭さで、その姿は血に飢えた獣そのものだった。
吊り上がった瞳に映っているのは、確実にシュバリエの姿だ。
今夜の哀れなる獲物を彼へと見定めたようで、だらしなく唾液をたらしながら、相手の出方を窺うように四つ足になる。
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