第一章・―闇の中の攻防―

5/22
前へ
/1105ページ
次へ
 シュバリエがここに立ってから、まだ数分と経っていない。  風の音が鳴り、空気が揺らいで煙草の先についていた灰が落ちる。  それが合図であるかのように、“何か”の方が先に動きを見せた。  耳を劈くような咆哮と共に炎を吐き出し立ち上がる。  黒雲の切れ間から顔を出すと、月明かりに照らされようやく姿を見せる。  二本の足で立つその下半身は、針のような毛に被われているところを除けば、人間のそれと変わりない。  異様なのは上半身だ。  剛毛に覆われ、大きくひらいた口から覗く犬歯は何者をも切り裂く程の鋭さで、その姿は血に飢えた獣そのものだった。  吊り上がった瞳に映っているのは、確実にシュバリエの姿だ。  今夜の哀れなる獲物を彼へと見定めたようで、だらしなく唾液をたらしながら、相手の出方を窺うように四つ足になる。
/1105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

601人が本棚に入れています
本棚に追加