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海岸の崖へと続く灯火の列を見つめていた竜が、体に寄せていた両脇の翼をわずかに動かした。
周囲を纏う風が少しだけ強みを増す。
「……翼を広げた!」
私の声に、祖父が周囲の大人たちに合図した。
「飛ぶぞぉ!みんなかがめぇ!」
人々が姿勢を低くして強風に備えた。
屋根のように巨大な翼を大きく広げて、竜がそちらに体を向ける。
ランタンの列に向けて、二度、三度、翼をはためかせたかと思うと、海岸の崖へ向けて勢いよく飛び出した。
ごおっ、という音がして、一瞬何も聞こえなくなった。
海岸まで伸びた灯火の線が次々とかき消えていく。
あまりの強風に、私の身体は宙に投げ出されたように浮きあがった。
再び恐怖が湧きあがった瞬間、祖父が抱き寄せ、腕の中にしっかりと抱きしめた。
私も祖父に強くしがみつく。
十秒、二十秒、いやもっと経ったかもしれない。
しばらく風の音以外は何も聞こえなくなり、そして急に辺りが静かになった。
私がゆっくりと目を開けた時、人々はおそるおそる立ち上がって、周りを見回していた。
雨風は止み、火の消えたランタンの、油くさい匂いがかすかに漂っている。
風に吹き飛ばされたバケツがころころ、と転がっていた。
「……行っちゃった……」
私はそう呟きながら、みるみるうちに小さくなって暗雲に消えていく竜の姿を見つめた。
全員がびしょぬれのまま、しばらく飛んでいった方向を眺めていた。
竜が去った空の果てはまだ嵐が続いていて、雷が鳴り響いているのがかすかに聞こえてくる。
「フェリラ、ありがとうな」
フードを取った私の頭をぽん、と祖父がなでた。
大きく温かい掌は安心感があり、私は急に眠くなった気がして、祖父の足にもたれかかった。
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