嵐の寄せる土地

8/9
前へ
/9ページ
次へ
海岸の崖へと続く灯火の列を見つめていた竜が、体に寄せていた両脇の翼をわずかに動かした。 周囲を纏う風が少しだけ強みを増す。 「……翼を広げた!」 私の声に、祖父が周囲の大人たちに合図した。 「飛ぶぞぉ!みんなかがめぇ!」 人々が姿勢を低くして強風に備えた。 屋根のように巨大な翼を大きく広げて、竜がそちらに体を向ける。 ランタンの列に向けて、二度、三度、翼をはためかせたかと思うと、海岸の崖へ向けて勢いよく飛び出した。 ごおっ、という音がして、一瞬何も聞こえなくなった。 海岸まで伸びた灯火の線が次々とかき消えていく。 あまりの強風に、私の身体は宙に投げ出されたように浮きあがった。 再び恐怖が湧きあがった瞬間、祖父が抱き寄せ、腕の中にしっかりと抱きしめた。 私も祖父に強くしがみつく。 十秒、二十秒、いやもっと経ったかもしれない。 しばらく風の音以外は何も聞こえなくなり、そして急に辺りが静かになった。 私がゆっくりと目を開けた時、人々はおそるおそる立ち上がって、周りを見回していた。 雨風は止み、火の消えたランタンの、油くさい匂いがかすかに漂っている。 風に吹き飛ばされたバケツがころころ、と転がっていた。   「……行っちゃった……」 私はそう呟きながら、みるみるうちに小さくなって暗雲に消えていく竜の姿を見つめた。   全員がびしょぬれのまま、しばらく飛んでいった方向を眺めていた。   竜が去った空の果てはまだ嵐が続いていて、雷が鳴り響いているのがかすかに聞こえてくる。   「フェリラ、ありがとうな」 フードを取った私の頭をぽん、と祖父がなでた。 大きく温かい掌は安心感があり、私は急に眠くなった気がして、祖父の足にもたれかかった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加