視えるものならいざ知らず

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  「来たぞ。花魁道中だ」 客の男達は我先に列の前へ移動した。 めったに見られない花魁道中とあっては、いつもかしましい表通りもさっと両脇に割ける。 「ではあれが噂の…」 雪洞がゆらりとおぼろに浮かんだ。 そちらから歩いてくるのは、昼間のように明るい鏡吉原でも一際絢爛な集団だった。 雪洞を携えて、朱と金の衣を着た幼い娘が二人、しずしずと歩く。 傘を持つ男が左、そして反対側の男の肩に、闇を裂く白魚のような手がそっと添えられていた。 筆舌に尽くしがたい美しさだった。 文章ではとても、彼女の美しさを言い表すのは不可能だろう。 列へ並ぶ男達はぽかんと口を空けて見惚れるばかり。 そんな中、花魁はややこの頭一ツの高さはあるかという履き物で堂々と歩いて行った。 誰もが言葉を無くしているなか、張り詰めた無音を犬のような声が打ち破った。 「へぇ。綺麗なひとだ」 ざわり。 群集がうろたえた。 道中もうろたえた。 犬のような声を出した侍装束の男は、花魁道中のその真正面に立ちはだかったのだから。 袖の中に腕を仕舞って腕を組んだ男は、雪洞の光を受けた影の所為で顔はよく見て取れなかった。 少し驚いた素振りをしていた花魁は、そんな男を長い睫を伏せて見下ろしていた。 時は、鏡吉原の凛と涼しい秋の夜だった。  
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