透明人間

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楽しい恋愛だけじゃなくて、悲しい恋愛もあった。 男の本能を知らない程うぶでもなければ、そういう経験だって一人じゃない。 それなのに― だからこそ― 碓氷さんの言った事なんてただ単に気まぐれだと、笑い飛ばせばいいのに。 私は金縛りにあった様に縛り付けられる。 本音でいうと解らないのは碓氷さんではなく、自分自身なのかもしれない。 もう気付かないフリも限界が近い変化が、確かに私の中で生まれてる。 いいのかな? 気付いても…いいの? 出来れば、違うと思いたい。 出来れば、勘違いであって欲しい。 ―――願わくは、同じ気持ちでいて。 「……さん。……あやさん…あやさんっ!!」 午後のコーヒーを社員分のカップに注ぎながら、ぼんやりと物思いに耽っていた私の肩が、勢い良く揺すぶられた。 「………へ?」 ゆっくりと横に立つ人物へと視線を送ると、そこには苦笑いを浮かべる中塚美園が立っていた。 「どうしたんですか?あやさんが声掛けても気付かないぐらい、自分の世界に入ってるなんて」 彼女は初めて会った次の日から私の事を名前で呼ぶ。
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