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男は一枚の写真を見せてくれた。それは、十余年前、ヴェルカ隊長が此処を卒業した時のものだという。写真には隊長とこの男が写っていて、隊長はいかにも不良といった感じで、俺の知っているヴェルカ隊長では無かった。
「人は変わっていくものだ……君が、いつの日か一流のリンクスになれる事を私は祈っている」
「……はい。ありがとうございます」
「此処で君と会ったのも何かの縁だ。どうだろう、よかったら私が企業の支援を取り繕っても良いんだが」
この時世、企業からの支援を受けている……所謂抱え込みのリンクスは、カラードの中でもエリートと見做されていた。逆に企業からの支援を受けないリンクスを独立傭兵と呼ぶ。企業はコストが低く、失っても痛手となりにくい独立傭兵を多用するようになった。最近はこの独立傭兵の数が急激に増えていた。
つまり、これは安定したリンクス業が出来るだけでなく、一気にエリートリンクスになるチャンスでもあった。しかし俺は……
「有り難い話ですが……お断りさせてもらいます」
「ほう?それは、何故かな」
さほど気分を害した様子もなく、寧ろ何かを楽しむかのように男は言った。
「私は……いや、俺はレイヴンだからです。例え“山猫”になっても“烏”の誇りと生き様を失ったわけでは無いのです」
「ふふッよくぞ言った!それでこそ、だ。彼も……ヴェルカも同じ事を言ってリンクスになった。後々が楽しみだよ、新世代のリンクス……いや最後の“レイヴン”よ」
男が敬礼で見送る。俺もそれに答え、敬礼を返す。それ以上言葉は交わさなかった。
この日俺は偉大な男を失った。彼は誰にも、何も語らずこの世を去った。だが、言葉は不要だった。
彼は語らない。それがいつもの事だったから。
自宅までの長い帰路、輸送機の中で急に視界がぼやけた。
いつの間にか涙が溢れていた。彼は何も語らない。
→To be continued→
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