Bark Fenrir

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「だろう?コイツはお前の“カルテ”だ。餞別代わりに持って行け」  そう言って最年長整備士、早苗一郎が一冊の電子ノートを俺に差し出した。  カルテとは、本来診療録の事だが、彼等の言う“カルテ”とは、ネクストの診療録の事で、つまり俺とネクストの詳細な調整記録だ。これがあれば劣悪な腕の整備士でもない限り、ある程度今の状態に近い調整を再現できるのだ。  差し出された腕は太く逞しいもので、まるで彼の戦歴を物語っているようだった。俺は無言でそれを受け取った。それは最高の餞別だった。  そしてありがとうと言おうとした時、一郎がその太い腕で俺を抱き寄せた。一郎の身体は俺より逞しく、一回り程大きかったから、俺はその胸板と腕に圧し潰されそうになった。 「すまんなサシャ。みんな本当はお前ん所で整備してやりてぇと思ってんだ。だが、だがよぉ、そうするとお前が……」  一郎の言いたい事は、言われなくとも解っていた。一郎を始め、ヴェルカ小隊の整備士達の名前は知れ渡り過ぎていた。企業や上位ランクの独立傭兵にしてみれば、腕の立つ整備士は喉から手が出る程欲しいものだった。そう、彼等が従属するリンクスを殺してでさえも。従属しているリンクスが独立傭兵ならば尚の事だ。現にそういった事件は過去に数回起こっている。殆どは戦場で、だが謀殺される事もあった。一郎は、俺がそうなる事を懸念しているのだ。 「……ありがとう。俺、きっと一流のリンクスになるから…」  一流のリンクスになれば、戦場で狙われる事も少ない。だから彼等の技量に追い付くまで、俺は死ぬわけにはいかない。
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