Bark Fenrir

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 手作業での塗装は時間がかかる。普通なら一、二時間で終了する作業でも倍以上かかった。  塗装作業の合間に、ヨナがガレージから出ていくのが見えた。おそらく適性検査を受けにいくのだろう。俺は無言で見送った。いつしかガレージに残っているのは俺達だけになっていた。  結局、作業が終わったのは深夜を過ぎた頃だった。  長時間の作業だったが誰も文句は言わなかった。寧ろ、その時間を目一杯楽しんでいるかのようだった。俺も彼等も、別れを惜しんでいるのだ。  ヘトヘトになった俺の目の前に、藍色と白の機体が威風堂々と鎮座していた。左肩には狼のエンブレムが綺麗に描かれている。そして、そのすぐ下に『Fenrir!』の文字が達筆に書かれていた。一郎の作だ。  そのまま完成祝いに一杯飲む事になった。しかしもう、あまり時間は無かった。あまりに遅い到着に、整備士達の新しい雇い主が痺れを切らせて迎えの者を来させていた。 「またこうして、お前と酒が飲める日を楽しみにしているぞ」  そう言って一郎は右手を差し出した。俺はその手を両手握りしめた。また飲みましょう、と言って。  それから俺は整備士達に握手と言葉を交わし、別れを済ませた。  ガレージの外では、彼等を乗せる為の移送ヘリが稼動状態で待機していた。いつの間にか雨が降っていたが、俺は傘もささず全員が乗り込むまで手を降っていた。  そのヘリの責任者らしき人物が俺に軽く敬礼し、移送ヘリはその最後の一人を載せると、後部ハッチを閉じて轟音とともに雨空へと向かって上昇していった。
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