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それはとにかく暑い夏の昼過ぎだった。真夏の太陽とアスファルトからの照り返しが容赦無く僕の体力を奪い、アブラゼミのうるさい鳴き声がそれに拍車をかけていた。空を見上げれば青い空に大きな入道雲とまさに夏本番といった感じだった。
「え~と…次の角を左に曲がれば見えてくる…と」
汗をかきながら僕、上原優凪(ウエハラ ユウナ)は見知らぬ住宅地を1枚のメモを頼りに歩いていた。と言うのも今日から僕はアパートで一人暮らしを始めるのだ。大学生になって早4ヵ月。今までは実家から大学へ通っていたのだが、電車で片道2時間近くかかるのは通いだして分かったが結構大変である。そこで母さんの友人が大家をしているアパートに住むことになった。ここからだと電車はもちろん、自転車でだって十分行ける距離だ。しかし不安要素もある。人生初の一人暮らし…母さんの友人が大家さんだとは言え、さすがに少し不安である。
「…あ、ここかな?」
僕は一軒のアパートの前で足を止めた。アパートと言うよりちょっと大きめな一軒家な感じである。少し薄汚れた白い壁に今では珍しい引き戸の玄関。その玄関までは薄い石が5つ敷かれてある。門から先はアスファルトでなく土になっているため、雨が降ると地面がどろどろになってしまうからそれを考慮して玄関まで石を敷いているのだろう。門のとこには普通の家より少し大きめなポストがあり、ここの入居者の名前と部屋番号が書かれている。その隣に『秋桜荘』と書かれているプレートがある。
「コスモスを漢字で書いてあるのか」
母さんからアパートの名前は『こすもすそう』と聞いていたのでてっきり『コスモス荘』と表記してあるとばかり思っていた。
「…あ」
僕は思わず声が出た。門から見える玄関横にある花壇にはピンク色のコスモスが何本か咲いていた。それらは細い体ながらもしっかりと綺麗な花を咲かせていた。
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