傍らにあるモノ

2/8
前へ
/10ページ
次へ
季節は春。 小鳥達が囀り、木々は優しく揺れ、その木々を揺らす風はフワリと暖かい。 それにつられて人の心も浮き足立ち、新しい関係を築いていく。 春は一年を通して最も隙間が出来やすい季節と言えるだろう。 そんな春の陽気に逆らう事なく、従順な下僕と化している男が、一人。 「起きろ……オイ起きろって!!」 「後五分だけでいいから……」 「アホか!! 単位が泡と消えるぞ!」 「やあおはよう友春。 今日も良い天気だね。 ところでどうかした?」 「……ああ、お前の切り替えの早さに驚いていたところだ」 「そりゃそうさ。 人生、メリハリが大切だろ?」 背景にでかでかと『HAHAHA!』という文字が見え隠れしていそうだが、実際背後にいたのは年季の入った髭と教鞭を持ち、額に青筋を浮かべる初老の男。 男の手の中でピシャリと鋭い音を立てる教鞭がやけに耳に残りそうなものだった。 「そのメリハリとやらは私の講義を睡眠時間に当て、そこで得た活力を自分の趣味に当てるような事かね……!?」 「ッ!? いえ、そのような事は全く―――」 「ほぉ……ではそのたっぷりと涎のかかった本は?」 「えぇ!? いつの間に僕の研究資料が――!?」 慌てて自分がついさっきまで頭を置いていた場所に目を向ける。 が、本人の目にはそんな物は全く写っておらず、代わりに背後で男が全身から立ち上らせる怒りのオーラが際限なく膨らんでいくのを冷や汗をダラダラと流しながら感じることになってしまっていた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加