『女』

12/13
前へ
/50ページ
次へ
「何…言って……」   「今夜だけでいいから……私を愛して」   思考回路がストップして、思わず瞠目した。   呆気に取られる僕を後目に、彼女は淡々と言った。   「忘れたくない思い出が欲しいの」   「それって…どういう」   冷静を装ってはいたが、内心、激しく動揺していた。   「私に…生きる力を与えるために、抱いて下さい」   彼女の瞳は、あまりにも揺るぎなくて、誤魔化しきれないと思った。   「あ―…え~と。俺も…男だからね。昔から、据え膳食わぬが男の恥とも言うし。 つうか…… んなこと言ってると、マジで食うぞ?」   冗談交じりに、けれど半分本気でそう言うと、彼女は事も無く答えた。   「袖振り合うも他生の縁とも言いますよ?美味しく食べて下さいね」   ―――この時、僕は、彼女には到底敵わないと悟った。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加