蛇に春

はじまり

　鱗の生えた人を見たことがありますか？
　わたしはありませんでした。

　人は髪や目、肌の色さえ違えど、皮膚は柔らかく産毛が生えているものだと思いますか？
　わたしは思っていました。

「なんですか」

　その言葉にどきり、とわたしの胸は飛び上がりました。
　今までずっと、わたしにはよく分からない難しい言葉を追っていた黒い目が、突然わたしに向いたのですから。
　驚いて何も言わずにいると、その目はすぐに戻っていってしまいます。向かいに座ったわたしは、すっかり背景の一部です。

　窓際に置いた椅子に座り、組んだ足の上に本を広げる、その人。
　ぞろりとした黒髪。青白い肌。その肌に散る――――暗い赤褐色の鱗。

　わたしは、人の肌はみんな柔らかく、産毛の生えているものだと思っていました。
　この人に会うまでは。