経験

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「成長過程における人間の筋肉が増強されるシステムについてはもう学習しただろうね。そうトレーニングや労働により一旦、筋繊維そのものを損傷させてやることで回復時にさらに強靭な組織として成長するのだ。随分以前になるが、そこに着目した生物学者がいた。この仕組みで効果的なダメージを加える事により新しい肉体を造る研究に没頭したのだ。動物や時には人体実験も行われ、増強するという方向では必ず反動が出て副作用により生命を短くしてしまうという痛ましい結論に至った。普通ならそこで終了してしまうところだが彼は発想を完全に転換した。ダメージは与えるが過剰なモノではなく、ただ平均的な個体のピーク時点にいち早く持って行くことにより、その後の老化も著しく速度が鈍化し、免疫力も高度なまま維持されるという、いわば人類の夢であった不老不死を目指したのだな。もちろんそこまでは不可能だが、それに繋がるデータは既に垣間見えていたので改良に改良を重ね薬品とカリキュラムを作り上げた。それが十代の終わりから定期的に注射する先ほどの痕跡で、外見の老化は急速に肉体を完成させる為に避けられない作用ではあるが人相によって若さ や美醜を競う観念も消失し、些細な争いが飛躍的に減少した。そして病気の発症も限りなく皆無へと近づいた。こうした経緯でこの注射を打つのが義務化されて行ったのだ。」
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